東京高等裁判所 平成8年(行ケ)196号 判決 1998年7月16日
アメリカ合衆国
ウィスコンシン州 ニーナ
原告
キンバリー クラーク コーポレーション
代表者
ロナルド ディー マックレイ
訴訟代理人弁護士
中村稔
同
松尾和子
同
富岡英次
同弁理士
大塚文昭
同
宍戸嘉一
同
今城俊夫
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官
伊佐山建志
指定代理人
後藤千恵子
同
鈴木美知子
同
石井勝徳
同
廣田米男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。
事実
第1 原告が求める裁判
「特許庁が平成4年審判第21216号事件について平成8年6月27日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
第2 原告の主張
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和61年1月10日、名称を「使い捨てパンツ」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和61年特許願第3357号。1985年1月10日、同年5月31日及び同年12月16日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張)をし、平成4年8月5日に拒絶査定を受けたので、同年11月12日に拒絶査定不服の審判を請求し、平成4年審判第21216号事件として審理された結果、平成5年6月10日に出願公告(平成5年特許出願公告第38617号。同公告に係る公報を、以下「本願公報」という。)されたが、特許異議の申立てがされた。そこで、原告は、平成6年11月9日付手続補正書をもって特許請求の範囲の記載を含む補正(以下「本件補正」という。)を行ったが、平成8年6月27日、本件補正を却下する旨の決定(以下「本件却下決定」という。)とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年7月29日にその謄本の送達を受けた。なお、原告のための出訴期間として90日が付加された。
2 本件補正前の本願発明の特許請求の範囲(別紙図面A参照)使い捨て下着であって、
前部、股部および後部を形成する液体浸透性内部身体側ライナーおよび液体不浸透性外部カバーと、
前記液体浸透性内部身体側ライナーと前記液体不浸透性外部カバーとの間に配置された吸収性芯材と、
一対の脚部開口と腰部開口とを備えた立体的な下着を形成するために前記前部および前記後部の側縁部分の一部を互いに接合する側部シームと、
一方の脚部開口のまわりに伸びる第一の伸縮手段、他方の脚部開口のまわりに伸びる第二の伸縮手段および前記腰部開口のまわりに伸びる第三の伸縮手段とを備え、
前記外部カバーは、不織繊維材からなる外層に接合されている液体非浸透性プラスチック材の内層を含んでおり、前記内層は前記吸収性芯材に面しており、前記外層は本使い捨て下着の外面であることを特徴とする使い捨て下着
3 審決の理由
別紙審決書「理由」写しのとおり
4 審決の取消事由
審決は、本願発明の技術内容の認定を誤り、かつ、相違点の判断を誤った結果、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1)本願発明の技術内容の認定の誤り
本件却下決定の理由の要点は、本件補正によって特許請求の範囲1の第4段落の次に加えられる「側部シームは、(中略)外方に曲げられた前記側縁部分の自由端から所定巾だけ離れて形成された(中略)接合部と、前記接合部と前記側縁部分の前記自由端との間に形成されたフラップ部分とを備え、(中略)外方に曲げられた前記側縁部分は前記自由端に沿って互いに自由であり」との構成は、本件補正前の明細書又は図面に記載された事項でなく、記載されているに等しい自明の事項とも認められないから、これを追加する本件補正は特許請求の範囲を実質的に変更するものであるというにある。
しかしながら、本願公報の12欄10行ないし13欄39行は側部シームに関する記載であって(以下「本願明細書の記載Ⅰ」という。別紙参照)、別紙図面Aの第3図に図示されている「内方に曲げられた」「比較的巾の狭いフイン状の」側部シーム(以下「内部シーム」という。なお、第3図の内部シームにはフラップ部分27が図示されている。)などの構成及びそのシール方法が説明された後、「別の実施例では、外部シームも含まれるが、これは図示されていない。」(12欄34行ないし36行)と記載されているが、ここにいう「外部シーム」が「外方に曲げられた」側部シームであることは明らかである。次いで、「側部シーム13として特に有用な構造は、手で剥離できるシームもしくは手で引き剥ぐシームである。」(12欄37行ないし39行)として、その構成、すなわち、約1/8インチ巾の細い接合部に沿ってシールを施す構成(12欄39行ないし13欄6行)が記載され、その効果として「このような引き剥ぎシームが非常に便利で且つ好ましい理由は、子供からパンツを脱がせるために親が手で側部シームを引き剥がすことができるからであり、これは、パンツがかなり汚れていて通常の脱がせ方では不潔となるような時に特に有用である。」(13欄6行ないし11行)と記載されている。そして、引き剥がすことができる側部シームを形成するための材料等の説明に続いて、「第3図の側部シーム13は、別の有用な構造特徴を組み込むものとして示されている。パンツの互いに接触する側縁固定部分は、側縁部分の自由端26から離間された細い接合部分25に沿って接合される。これにより、パンツの内側にフラップ部分27を有する側部シームが形成され、これに沿った側縁部分は互いに接合されず、互いに自由であるようにされる。」(13欄22行ないし29行)と記載されている。
ちなみに、別紙図面Aの第9図には外部シームが図示されており、その外部シームがフラップ部分を備えているか否かは明らかでないが、同図に関する説明(本願公報16欄6行ないし15行)には、その外部シームがフラップ部分を備えていない旨の記載はない。なお、別紙図面Aの第7図及び第8図には外部シームの構成が図示されている。
したがって、本件補正前の明細書及び図面には、フラップ部分を備えた外部シームの構成と、この構成によって得られる作用効果が記載されているに等しいといえる。仮にそうでなくても、フラップ部分を備えた外部シームによって手で容易に引き剥がすことができるという効果が得られることは、当業者ならば本願明細書の記載Ⅰから自明の事項として理解しうるというべきである。
そうすると、「外部シームが必然的にフラップを有するものとは到底解釈できず、外部シームにフラップが存在することを開示しているとする根拠も見いだせない。」、「外部シームにフラップを存在させる必然性はなく、外部シームにフラップが一義的に存在する自明の事項であるとはいえない」とし、かつ、「フラップを利用してシームを剥がすことができるという目的(課題)・作用・効果は「補正前の明細書」には一切記載されておらず」、「フラップが、外部シームに一義的に存在するとはいえず、書いてあるに等しい自明の事項とは到底認めることはできない」とした本件却下決定は誤りである。
この点について、被告は、本願明細書の「一般的なやり方で外側にシールを施す場合には、フラップが飛びだして見掛げが悪くなる」との記載を指摘するが、本件補正にいう外部シームは「一般的なやり方」とは異なる構成のものであるから、被告の上記指摘は当たらない。
以上のとおり、本件補正は特許請求の範囲を減縮するものであって、これを実質上拡張あるいは変更するものではないから許容されるべきであり、したがって、本願発明の技術内容は本件補正後の特許請求の範囲に基づいて認定しなければならないところ、審決は、本件補正前の特許請求の範囲に基づいて本願発明の技術内容を認定し、これと引用例1記載の発明とを対比判断して本願発明の進歩性を否定したものであるから、誤りである。
(2)一致点の認定及び相違点の判断の誤り
仮に本件補正が許されないとしても、審決の一致点の認定及び相違点の判断は誤りである。
すなわち、本願発明を含めて一般の「使い捨ておむつ」は、一度脱がせれば汚れの如何にかかわらず再び着用して使用することを予定しておらず、したがって、大きな伸縮性は要求されないため、伸縮性が必ずしも大きくない素材(例えばプラスチックフィルム)を使用することも可能である。これに対して、引用例1記載の発明は排泄のトレーニング用の下半身の下着に関するものであるから、繰返し着脱できるように内層、外層とも伸縮性に優れた素材を使用し、前部および後部の縦中心線方向に特定の伸縮度を有することを要件としている。したがって、引用例1記載の発明の要件である「伸縮性布はくの透水性内層」を単なる「透水性内層」と捉え、これが本願発明の要件である「液体浸透性内部身体側ライナー」に相当するとした審決の認定は誤りである。
また、審決は、相違点に関する判断において、引用例2記載の技術的事項を引用例1記載の発明に適用することは設計的事項にすぎない旨を説示している。しかしながら、引用例1記載の発明が下半身の下着に関するものであるのに対し、引用例2記載の発明は「おむつ」に関する発明であるから、両者は技術分野を異にする。のみならず、引用例2記載の発明においては素材の伸縮性は全く考慮されていないので、引用例2に開示されている技術的事項を、素材の伸縮性を必須の要件とする引用例1記載の発明に適用する動機付けが存在しないから、相違点に係る審決の判断も誤りである。
第3 被告の主張
原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。
1 本願発明の技術内容の認定について
原告は、本件補正前の明細書及び図面にはフラップ部分を備えた外部シームの構成及びこの構成によって得られる作用効果も記載されているに等しい旨主張する。
しかしながら、本願明細書の記載Ⅰには「別の実施例では、外部シームも含まれるが、これは図示されていない。」と記載されているにもかかわらず、別紙図面Aの第7ないし第9図には外部シームが図示されているから、明細書の上記記載は矛盾を含む不正確なものである(ちなみに、上記の「別の実施例では、外部シームも含まれるが、これは図示されていない。」との記載は、本願発明の特許請求において優先権主張の基礎とされているアメリカ合衆国における3件の特許出願に係る明細書には存在しないものである。)。したがって、本願明細書の上記記載を重要な論拠とする原告の上記主張は妥当性を欠くといわざるをえないうえ、その第7ないし第9図の外部シームにはフラップ部分に相当するものが全く図示されていない。そうすると、外部シームを引き剥がすという特別の作用を行わせる「フラップ部分」の構成を付加する本件補正は、特許請求の範囲を実質上拡張または変更するものにほかならないから、本件却下決定は正当である。
この点について、原告は、フラップ部分を備えた外部シームによって手で容易に引き剥がすことができるという効果が得られることは、当業者ならば本願明細書の記載Ⅰから自明の事項として理解しうる旨主張する。
しかしながら、本願明細書の記載Ⅰによれば、シームを手で容易に引き剥がすことができるという効果は「互いに接触する側縁部分を側部シーム部分内の細い接合領域に沿って接合する」(12欄39行、40行)構成によって得られるとされ、一方、フラップ部分は、それを内部シームに形成すればはき心地を良好にする効果が得られるものとしてのみ説明されているうえ(13欄26行ないし39行)、本願明細書には「一般的なやり方で外側にシールを施す場合には、フラップが飛びだして見掛げが悪くなる」(本願公報7欄6行ないし8行)と記載されているのであるから、原告の上記主張は失当である。
2 一致点の認定及び相違点の判断について
原告は、引用例1記載の発明は内層、外層とも伸縮性に優れた素材を使用し、前部および後部の縦中心線方向に特定の伸縮度を有することを要件とするものであるから、引用例1記載の発明の要件である「伸縮性布はくの透水性内層」を単なる「透水性内層」と捉え、これが本願発明の要件である「液体浸透性内部身体側ライナー」に相当するとした審決の認定は誤りである旨主張する。
しかしながら、審決は、引用例1の記載から使い捨て下ばきの基本的な多層構造の構成を援用したのであって、透水性内層の具体的素材(従来から種々の素材が使用されている。)を援用したのではないから、原告の上記主張は失当である。
また、原告は、引用例1記載の発明が下半身の下着に関するものであるのに対し、引用例2記載の発明は「おむつ」に関する発明であるから、両者は技術分野を異にするのみならず、引用例2記載の発明においては素材の伸縮性は全く考慮されていないので、引用例2に開示されている技術的事項を、素材の伸縮性を必須の要件とする引用例1記載の発明に適用する動機付けが存在しない旨主張する。
しかしながら、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明は、主として年少者の下半身の下着に関する点において共通し、技術分野を同じくするものであるから、原告の上記主張も失当である。
理由
第1 原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本件訂正前の本願発明の特許請求の範囲)及び3(審決の理由)は、被告も認めるところである。
第2 甲第6号証(本願公報)によれば、本願発明の概要は次のとおりである(別紙図面A参照)。
(1)技術的課題(目的)
本願発明は、伸縮自在な脚部開口及び腰部開口を有する使い捨てパンツ、特に、子供用の使い捨てトレーニングパンツに関するものである(4欄29行ないし32行)。
トレーニングパンツは、使い捨ておむつを使用していた子供がパンツ式の下着を使用できる年齢に成長したときに広く使用されているが(5欄18行ないし21行)、従来の布製トレーニングパンツには、吸収性がほとんどないこと、大便のついたパンツを漂白しなければならないこと、外面の肌触り又は見掛けがおむつを連想させることなどの欠点があった(5欄30行ないし6欄17行)。
本願発明の目的は、従来技術の上記のような欠点を解消した使い捨てパンツを提供することである(6欄22行、23行)。
(2)構成
本願発明は、上記の目的を達成するために、その特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(1欄2行ないし2欄10行)。
(3)作用効果
本願発明によれば、腰部開口及び脚部開口が伸縮自在であるため、幼い子供であっても容易に上げ下げしてトイレの使用を習慣付けられる使い捨てパンツを得ることができる。また、見掛けが布状であるため、大人用としても好適な使い捨て下着を得ることができる(22欄14行ないし27行)。
第3 そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。
1 本願発明の技術内容について
原告は、本件補正は特許請求の範囲を実質上拡張あるいは変更するものではないから許容されるべきであり、したがって、本願発明の技術内容は本件補正後の特許請求の範囲に基づいて認定しなければならない旨主張する。
検討すると、前掲甲第6号証によれば、本願明細書の記載Ⅰは別紙のとおりであることが認められる。すなわち、その第1段落は別紙図面Aの第3図に関する説明であって、「比較的巾の狭いフィン状のシーム」(12欄15行、16行)の形成方法が述べられ、その末尾に「別の実施例では、外部シームも含まれるが、これは図示されていない。」(12欄34行ないし36行)と記載されている。第2段落は、冒頭に「側部シーム13として特に有用な構造は、手で剥離できるシームもしくは手で引き剥ぐシームである。これは、互いに接触する側縁部分を側部シーム部分内の細い接合領域に沿って接合することによって達成できる。」(12欄37行ないし41行)と記載され、次いでその形成方法が述べられているが、その中に「手で引き剥ぐシームは、第3図に示すように内方に曲げられたフィン状シームであってもよいし、第4図のような重ねたシームであってもよい。」(13欄11行ないし14行)との記載がある。第3段落は、冒頭に「第3図の側部シーム13は、別の有用な構造特徴を組み込むものとして示されている。(中略)パンツの内側にフラップ部分27を有する側部シームが形成され」(13欄22行ないし27行)と記載され、またその作用効果として「フラップ部分27は着用者の身体と堅い接合部分25との間のクッションとして働き、パンツ10の着用性即ちはき心地のよさを高める。(中略)パンツ10を着用する子供又は大人にちくちくした感じを与えないようなフィン状シームが形成される。」(13欄31行ないし39行)と記載されているのである。
このように、「手で剥離できるシームもしくは手で引き剥ぐシーム」は、専ら第2段落において説明されており、「互いに接触する側縁部分を側部シーム部分内の細い接合領域に沿って接合する」構成によって得られるとされ、「第3図に示すように内方に曲げられたフィン状シーム」あるいは「第4図のような重ねたシーム」の作用効果として述べられているのであって、第2段落には「手で剥離できるシームもしくは手で引き剥ぐシーム」と外部シームとを関連付ける記載は全く存在しないことが明らかである。また、「フラップ部分」は、専ら第3段落において説明されており、「パンツの内側」に形成されるものとして述べられ、だからこそ「着用者の身体と堅い接合部分25との間のクッションとして働き、パンツ10の着用性即ちはき心地のよさを高める。」、「パンツ10を着用する子供又は大人にちくちくした感じを与えない」との作用効果が得られることが理解されるのであって、もとより第3段落には外部シームに言及した記載は存在しない。なお、別紙図面Aのうち外部シームが図示されている第7ないし9図には、フラップ部分に相当するものが全く存在しないことも明らかである。
そうすると、本件補正前の明細書及び図面にはフラップ部分を備えた外部シームの構成及びこれによって得られる作用効果が記載されているに等しい旨の原告の主張は到底採用することができない。また、フラップ部分を備えた外部シームによって手で容易に引き剥がすことができるという効果が得られることは、当業者ならば本願明細書の記載Ⅰから自明の事項として理解しうるという原告の主張も、根拠がないといわざるをえない。。このことは、第1段落において説明されている別紙図面Aの第3図に、「パンツの内側」に形成されているフラップ部分「27」が図示されていることによっても左右されることはないというべきである。
以上のとおり、本件補正は実質上特許請求の範囲を拡張あるいは変更するものであるから、本件補正を却下したうえ、本件補正前の特許請求の範囲の記載に基づいて本願発明の技術内容を認定し、これと引用例1記載の発明とを対比判断した審決に誤りはない。
2 一致点の認定及び相違点の判断について
(1)原告は、引用例1記載の発明の要件である「伸縮性布はくの透水性内層」を単なる「透水性内層」と捉え、これが本願発明の要件である「液体浸透性内部身体側ライナー」に相当するとした審決の認定は誤りである旨主張する。
しかしながら、本願発明の特許請求の範囲において「液体浸透性内部身体側ライナー」は「前部、股部および後部を形成す」べきことが記載されているのみであって、それが伸縮性を必要とするか否かについての限定は何らされていない。したがって、本願発明の要件である「液体浸透性内部身体側ライナー」には、伸縮性を持つ素材によって構成されるものも含まれると解されるから、これが引用例1記載の発明の「透水性内層」に相当するとした審決の認定を誤りとすることはできない。
(2)また、原告は、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明は技術分野を異にするのみならず、引用例2記載の発明においては素材の伸縮性は全く考慮されていないから、引用例2に開示されている技術的事項を、素材の伸縮性を必須の要件とする引用例1記載の発明に適用する動機付けが存在しない旨主張する。
しかしながら、引用例1記載の発明が対象とする「使い捨て下ばき」と引用例2記載の発明が対象とする「使い捨ておむつ」とは、いずれも主として年少者の下半身の下着である点において共通し、したがって、その外層(バックシート)について解決すべき技術的課題においても共通するところがあることは明らかである。そうすると、引用例1記載の「使い捨て下ばき」の外層を更に改良するために、引用例2記載の「使い捨ておむつ」のバックシートの構成を適用することには何らの困難も考えられないから、相違点に係る審決の判断にも誤りはない。
3 以上のとおりであるから、本件補正前の特許請求の範囲の記載に基づいて本願発明の技術内容を認定したうえ、その進歩性を否定した審決の認定判断は正当であって、審決には原告主張のような違法はない。
第4 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のために期間付加について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成10年7月2日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)
別紙本願明細書の記載Ⅰ
第3図は、前板及び後板の外部カバー17の外層31の外部の接触側縁部分を互いに接合することによつて形成されたパンツ10の側部シーム13の一例を示している。これは、目に見えるシームの大きさを最小とするように、巾が約3/16ないし1/2インチ(4.7ないし12.5mm)といつた比較的巾の挟いフイン状のシームを形成する。外部カバーの外側の接触側緑部分間のシーム13は、カバーの外層31として使用される特定の材料に適した公知の適当な手段によつて形成することができ、従つて、音波シール、熱シール、接着材による接合、等が適当が技術である。第4図は、側部シーム13の別の構造を示しており、この場合は、パンツの側縁部分が重ねられて、その対向する両面に被覆されて接着素子35並びに感圧接着材の層36、37と接合される。この別の実施例では、パンツの後板12の身体側の内部ライナ16の側縁部分が前板11の外部カバーの外層31の側緑部分に接合される。この場合も、音波シールや熱シールの技術を用いて、第4図に示すように重ねられた部分を接合することができる。側部の閉じたパンツを形成するのに有用なその他の側部シーム構造を用いて、パンツ10を形成することもでき、ある種の大人用パンツについては縫合した側部シームでもよい。更に別の実施例では、外部シームも含まれるが、これは図示されていない。
側部シーム13として特に有用な構造は、手で剥離できるシームもしくは手で引き剥ぐシームである。これは、互いに接触する側縁部分を側部シーム部分内の細い接合領域に沿つて接合することによつて達成できる。手で引き剥ぐシームを形成するには、シーム長さ1インチついて約2000グラムの接合強度(インストロン(Instron)張力テスタのような適当な器具で測定して)が適当であり、然も、これはパンツを互いに保持するのに充分な強度である。この種のシームを形成する1つの方法は、巾が約1/8インチ(約3.1mm)の細い接合部分に沿つて適当に制御した音波シールを施すことにより互いに接触する側部を接合することである。このような引き剥ぎシームが非常に便利で且つ好ましい理由は、子供からパンツを脱がせるために親が手で側部シームを引き剥がすことができるからであり、これは、パンツがかなり汚れていて通常の脱がせ方では不潔となるような時に特に有用である。手で引き剥ぐシームは、第3図に示すように内方に曲げられたフイン状シームであつてもよいし、第4図のような重ねたシームであつてもよい。このような引き剥ぎ機能を与える強力な接合を形成する際に考慮すべき別の重要な事柄は、カバーに適した材料を選択することである。この材料としては、プロピレン、エチレンビニルアクリレート、エチレンエチルアクリレート及びエチレンメチルアクリレートが好ましい。ポリエチレンは、好ましくないが、エチレンのエチレンメチルアクリレートコポリマは使用できる。
第3図の側部シーム13は、別の有用な構造特徴を組み込むものとして示されている。パンツの互いに接触する側縁固定部分は、側縁部分の自由端26から離間された細い接合部分25に沿つて接合される。これにより、パンツの内側にフラップ部分27を有する側部シームが形成され、これに沿つた側縁部分は互いに接合されず、互いに自由であるようにされる。音波シール、熱シール、又は接着材による接合によつて形成された接合部分は、比較的堅固である。フラップ部分27は、着用者の身体と堅い接合部分25との間のクッションとして働き、バンッ10の着用性即ちはき心地のよさを高める。このためには、接合部の巾が約1/16ないし1/8インチ(約1.6ないし3.1mm)で、フラップ部分の巾が約1/8ないし3/8インチ(3.1ないし9.4mm)であるのが適当であり、パンツ10を着用する子供又は大人にちくちくした感じを与えないようなフイン状シームが形成される。
別紙図面A
<省略>
10……使い捨てパンツ、11……パンツの前部、12……後部、13……シーム、14……脚部開口、15……腰部開口、16……身体側のライナ、17……外部カバー、18……吸収製の芯材、20、21……伸縮性のバンド、30……カバーの内層、31……外層、35……接着素子、36……接着層、50……素材、52、53……伸縮手段、60……素材、92……谷、65……又部シーム、80、84、86……シール線、94……持ち上がつた線、96、98……伸縮手段。
別紙図面B
<省略>
別紙図面C
<省略>
1.合成樹脂フィルム
2.不織布
理由
[Ⅰ]本願は昭和61年1月10日になされた特許出願(優先権主張1985年1月10日.優先権主張1985年5月31日.優先権主張1985年12月16日 米国)であって、平成4年6月17日付け、平成4年11月12日付け手続補正書により補正して、前置審査において平成5年6月10日に出願公告されたものであり、その発明の要旨は、出願公告された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の第1項に記載された次のとおりのものと認める。
「1.使い捨て下着であって、
前部、股部および後部を形成する液体浸透性内部身体側ライナーおよび液体不浸透性外部カバーと、
前記液体浸透性内部身体側ライナーと前記液体不浸透性外部カバーとの間に配置された吸収性芯材と、
一対の脚部開口と腰部開口とを備えた立体的な下着を形成するために前記前部および前記後部の側縁部分の一部を互いに接合する側部シームと、
一方の脚部開口のまわりに伸びる第一の伸縮手段、他方の脚部開口のまわりに伸びる第二の伸縮手段および前記腰部開口のまわりに伸びる第三の伸縮手段とを備え、
前記外部カバーは、不織繊維材からなる外層に接合されている液体非浸透性プラスチック材の内層を含んでおり、前記内層は前記吸収性芯材に面しており、前記外層は本使い捨て下着の外面であることを特徴とする使い捨て下着。」
なお、平成6年11月9日付け手続補正書は本審決と同日付けで補正却下された。
[Ⅱ]これに対して、前置審査における特許異議申立人・花王株式会社が提出した甲第1号証(特開昭53-19246号公報、以下、引用例1という。)には、「乳児の排泄訓練または失禁状態の子供や大人に使用するのに適した伸縮性不織布から構成された多層構造の単一の使い捨て下ばきであって;前部および後部と、この前部と後部をつなげる股の部分とからなり;前身の両脇外周部は後身の対応する脇外周部と接合されていて、自然フィットするウエスト部と自然フイツトする脚開口部とを形成しており;該下ばきは着用者の皮膚に触れるのに適合する伸縮性布はくの透水性内層と、水不透過性の伸縮性外層と、これらの間にはさみこまれた中間の液体吸収体とを有し;該下ばきの破断時伸びは前部と後部のたて中心線の方向に少なくとも約80%で、このたて中心線と実質的に垂直の方向に少なくとも約40%である上記使い捨て下ばき。」(2頁右上欄14行~左下欄8行)、「下ばきのウエストバンド部分にはヒートシール可能な熱可塑性の弾性材料の使用によりゴム弾性を付与することができる。」(5頁左上欄14~16行)、「第1図と第2図の好ましい具体例を参照すると、ベビー用トレーニングパンツ1は、前部2、後部8、股部4、前ウエストバンド区域5と後ウエストバンド区域6(両者は一体になって自然フイツトするウエストバンドを形成する)、脇とじ目7と8、ならびに自然フイツトする脚穴9と10を有する多層構造体である。脇とじ7と8はそれぞれ接着剤線11と13のような接合線によって固着されている。」(6頁右上欄14~左下欄2行)、
「脚の部分のフイツトは、第5図に示すようにホットメルト・エラスチック材料のビーズ62と64を押出しその他の適当な方法で付着させることによりさらに高めることができる。」(7頁左下欄20行~右下欄3行)、および、
「脇とじ目7と8はいくつかの方法で形成しうる。好ましい構成を第8図に示す。それぞれプランク12と112のたて方向の脇外周部28と130を突き合せにつんあげる。そうすれば、プランク12の外周部32は突き合せに接触している外周部28と130の片面側に重なり、外周部126は同じ突き合せ外周部の反対側の面に重なりあって、脇とじ目7(第2図)を形成し、これはその後、追加の接着剤線80と86によってシールされる。同様にパンツの反対側の脇のとじ目8も、外周部30と138を突き合せにつなげ、その後この突き合せ接触部に外周部26を片面側に、外周部182を反対面の側に重ね、重ねた外周部を接着剤線82と84によって固着することによって形成される。~~布はくと接着剤との接合は布はく自体より弱いので、第8図に図示したような上述の好ましい脇とじの構成により、パンツが汚れたときにパンツをとじ目のところで引き裂いて簡単に脱がすことが可能である。」(9頁左上欄12行~左下欄4行)との記載が図面とともになされている。
同様に、甲第2号証(実願昭58-42747号(実開昭59-149903号)のマイクロフィルム、以下、引用例2という。)には、「本考案の使い捨ておむつ用バックシートはポリエチレン、ポリプロピレン、ナイロン等の合成樹脂製の透明ないし半透明のフイルム1とポリプロピレン、ナイロン等の合成樹脂製の不織布2からなっている。
本考案のバックシートでは合成樹脂フイルム1を通して不織布2の布目が見えることにより、高級化、クロスライク化が達せられている。
製造方法としては、合成樹脂フイルム1に不織布2をラミネート、ヒートシール等により一体化する方法、接着剤で貼り合わせる方法等があり、要は合成樹脂フイルム1と不織布2が一体となっていればよい。
また、不織布を着色しておくと、不織布の布目と共にその色も合成樹脂フイルム1を通してみることができ、より高級化が可能となる。
本考案の使い捨ておむつ用バックシートは従来の使い捨ておむつ用バックシートと同様に用いることにより使い捨ておむつとすることができる。
更に、逆に用いたならば不織布2側からは直接不織布2が見えるので、従来の合成樹脂のフイルムだけのものに比べ、別異の外観となっているので使い捨ておむつとして多様化が可能となる。
本考案の使い捨ておむつ用バックシートはその外観が良好であるので、使い捨ておむつに特に有効に用いうる。」(明細書2頁14~3頁20行)との記載が図面とともになされている。
[Ⅲ]そこで、本願発明(以下、「前者」という。)と引用例1に記載されたもの(以下、「後者」という。)とを比較するが、比較に先だって後者を検討する。
後者の「使い捨て下ばき」は前者の「使い捨て下着に相当し、後者の「透水性内層」および「水不透過性の伸縮性外層」は使い捨て下ばきの前部、後部および股の部分を構成しており、それぞれ前者の「液体浸透性内部身体側ライナー」および「液体不浸透性外部カバー」に相当し、同様に、後者の内層と外層にはさまれた中間の「液体吸収体」は前者のライナーとカバーの間に配置された「吸収性芯材」に相当し、後者は「脚穴9、10とウエストバンド区域5、6を形成するように前部2と後部3の脇外周部を互いに脇とじ目7と8で接合し」ており、この「脇とじ目」は、前者の「一対の脚部開口と腰部開口とを備えた立体的な下着を形成するために前記前部および前記後部の側縁部分の一部を互いに接合する側部シーム」に相当するとともに作用においても後者と同様に接合部分で引き裂くことができ、更に、後者も「ウエスト部および脚開口部にフイツト性を向上させるために、それぞれ弾性部材を配して」いるから、これらの「弾性部材」は前者の「第一、第二、第三の伸縮手段」に相当することが明らかである。
したがて、両者を比較すると、両者は、「使い捨て下着であって、前部、股部および後部を形成する液体浸透性内部身体側ライナーおよび液体不浸透性外部カバーと、
前記液体浸透性内部身体側ライナーと前記液体不浸透性外部カバーとの間に配置された吸収性芯材と、
一対の脚部開口と腰部開口とを備えた立体的な下着を形成するために前記前部および前記後部の側縁部分の一部を互いに接合する側部シームと、
一方の脚部開口のまわりに伸びる第一の伸縮手段、他方の脚部開口のまわりに伸びる第二の伸縮手段および前記腰部のまわりに伸びる第三の伸縮手段とを備えたことを特徴とする使い捨て下着。」である点で一致し、次の点で一応相違する。
(相違点)前者の外部カバーは、不織繊維材からなる外層に接合されている液体非浸透性プラスチック材の内層を含んでおり、内層は吸収性芯材に面した構成であるるのに対して、後者は単に水不透過性の伸縮性外層である点。
[Ⅳ]次に、上記相違点について検討する。
ここで、引用例2を検討すると、引用例2のバックシートは前者の外部カバーに相当し、同様に、外層の不織布2は前者の不織繊維材に、内層の合成フィルム1は前者の液体非浸透性プラスチック材にそれぞれ相当するから、引用例2には不織繊維材が外層で液体非浸透性プラスチック材が内層であって、互いに接合された使い捨ておむつ用外部カバーが開示されている。
そして、引用例2の使い捨ておむつ用バックシートが、特に使い捨ておむつに有効であるとしていることからして、同じ使い捨ての下着である後者の水不透過性の外層として用いることは、当業者が必要に応じて適宜選択使用しうる設計的事項にすぎず、また、引用例2の不織布2を外層にした場合に外観は多様化が可能であることも開示されているから、引用例2のバックシートを用いたことによる効果も当業者が予測される範囲を越えるものではなく、上記相違点は格別のものとは認められない。
[Ⅴ]したがって、本願の特許請求の範囲の第1項の発明は、引用例1、及び、引用例2の刊行物に記載のものに基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。